アバンセ館長コラム第30号(令和6年9月)
柔らかなクッション 自在なつばさ --------------導火線
アバンセ館長として定期的にコラムを書いたり、講演でお話ししたり、発信するする機会を頂いています。
そこで気を付けているのが『普段の生活では、可能な限り聴く側に回る。発言の機会を後にする。即断を避け、複数の視点で考える。』という待ちの姿勢です。ハラスメント・DV・虐待などの暴力的な人間関係にNOを言う営みに携わっている者が、私生活で同じ轍を踏むことへの自戒です。加害者性を持ちうる立場であることを自覚しながら、どう対等な関係性を築けるのか、日々、模索しています。
現実は、きれいごとじゃないよと言われます。正誤、善悪では割り切れない世界で、力関係が確実に存在する社会で、人は生き抜かねばなりません。私は時に自分にこう問いかけます。『小学生の頃、重度障害を持つ弟が馬鹿にされて悔しかった気持ちが原点だったよね。大人になった今、人を序列化して、自分より強いものは上、自分より弱いものは下とみなしていないか。相手は自分にとって価値があるか、得をするか判断して、相手への態度を変えていないか。強者の理屈を押し付ける、そんな大人にならないと誓った自分に対し、恥ずかしい生き方をしていないか。』と。若い時期はとがっていて「それは、おかしいでしょう」と、力のある側へ突っかかっていったエピソードがいくつもあります。感情的になって視野狭窄に陥った苦い過去もあります。
とはいえ、悲喜こもごも、いろんな体験を経た今の私は、例えれば、目には見えないけれど、柔らかなクッションを持っているなと思います。周囲の言動がストレートに心の深部に届かないよう、いったん心の表層で受け止めてくれる部分が、クッションです。「あの人は、○○と言っている。そういわずにおれない何かがあるのだろうな。」等、いったんは、相手を否定しないでおく心のスペースです。その後、クッションで受け止めた相手の意図は何だったのかと考えます。
そしてそんな時、思い込みや偏見や決めつけにならないように、鳥のように自在に飛べるつばさが欲しいと思います。一匹の象をいろんな距離や角度で見れば「丸くて平べったくて大きい(耳だけ見て)」「細くて揺れるもの(尻尾だけ見て)」「小さな黒い点(数キロ離れて)」など全く異なる印象を持つというエピソードを思い出します。柔軟な、俯瞰的な視点で物事を見たいと願います。
「もしこれが、逆の立場だったらどう思う?」「もしかしたら、相手にはこんな背景があってのことかも」「誰かの権威に縛られているなど、認知の歪みがあるかも」「私以外の関係ではまた別の言動をするかも」というように、仮説を立てながら検証出来たらいいなと思います。
そのうえで、私は、無自覚な加害者性に胡坐をかいて周囲を傷つける相手には容赦ない態度をとることもあります。理不尽さへの怒りの種火は消えていません。導火線は長いけれど、着火したら私の爆発は結構大きいのです。クッションと自在なつばさを持った、ただただ優しいだけの私でない、怒りの導火線を持っている私。そこが、私がアバンセで働く所以です。

アバンセ館長 田口香津子 プロフィール
アバンセ館長
佐賀女子短期大学 学長 (2018.4-2022.3)
認定NPO法人 被害者支援ネットワーク佐賀VOISS理事長