アバンセ館長コラム第16号(令和5年7月)

アバンセ館長コラム 第16号 暴力と無縁でない私たちが「人権」を願うとき ~(令和5年7月)

 最近、芸能界で性暴力のニュースが繰り返し報じられています。暴力を犯罪、人権侵害と言い換えてもいいでしょう。これまでも多くの事件報道がされてきましたが、今回、男女共同参画センターとして、黙って通り過ぎるわけにはいかないとコラムのテーマにしました。

私は、館長就任前の経歴として、39年間(臨床心理士としては25年間)、いくつかの現場で様々な相談を受けてきました。幼い子ども達とは遊びを通して、言葉で伝えられる人とはカウンセリングを通して、傷ついた状況からの変容を見届けてきました。

 

 相談者の多くは、端的に言えば暴力関係の被害者です。被害者という意識すらないこともめずらしくありません。自分は、被害者であるという自覚を持つことが第一歩。他者からの支配を受けて本来の力を発揮できない状況下で、もがきながら、加害者ではない他者との信頼関係を構築する過程で、見失いかけていた自分の尊厳を取り戻す営みが、「相談」と言えるかもしれません。

 

 回復とは、「あなたは悪くない。あなたは価値ある存在だ。誰とも比較する必要がない」等という肯定的なメッセージを一貫して受け取りながら、傷ついた事実を受け入れ、なおも他者から傷つけられていない自分自身の力に気づいていく道のりです。ですが、時間の経過とともに容易に楽になるわけではありません。都度、都度に、フラッシュバックが起こり、痛みが伴います。その痛みと共に、その先の新しい自分の人生を生きていきます。傷がなかったことにはならないのです。自尊心の回復の過程で加害者へ怒りが湧くことも当然起こります。大切な自分の人生を理不尽に脅かされ、傷つけられるのは、誰にも起こって欲しくないことです。ですから、DV防止総合対策センターでは、DVや性暴力の予防教育として、対等な人間関係を築くための人権学習を積極的に推進しています。

 

 さて、現実の生活に身を置きなおしてみると、100%被害者の人生も100%加害者の人生もありえません。多くの人間関係が存在し、複雑な力関係の網の目のなかで、私たちは生きています。一人の人間に、弱者の立場と強者の立場とが混在しているのがリアルな姿です。例えば、子どもと保護者、未成年と成人、部下と上司、初心者と経験者、日本在住の外国人と日本人、患者と医者、生徒と教師、女性と男性、非正規労働者と正規労働者、etc。強者と弱者の集合体であり、その割合が個々に異なってきます。

自分で選んだわけではないのですが、弱者の立場は被害性を帯び、強者の立場は加害性を帯びます。何が言いたいかというと、暴力に無関係な、中立性を維持する人間は1人もいないということです。誰もが、加害者にも被害者にもなりうる不確実さを持ち合わせているからこそ、共感能力が求められます。「もし、私があなたの立場だったら」と、自分以外の立場を想像する力です。

 

 どうか、知っておいていただきたいのです。多数派の強者の立場は、本人に加害意識の自覚がなくとも、弱者の立場に鈍感です。いちいち相手の気持ちを感じ取る必要性がないくらい、力関係で優位だという証左なのでしょう。多数派の持つ危うい傾向を自分も例外なく持ち合わせているのだという認識を持ちたいと思います。その危うさを率直に伝えあえる仲間を持ちたいと願います。もし、暴力被害に遭った時には、アバンセを思い出して、ご相談ください。加えて、アバンセの各種事業の中でも、「支配-服従の関係から脱却し、誰もが等しく幸せに生きる権利」を発信し続けていきます。    

 
 アバンセ館長 田口香津子    プロフィール


 アバンセ館長

   佐賀女子短期大学 学長 (2018.4-2022.3)

 認定NPO法人 被害者支援ネットワーク佐賀VOISS理事長

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