アバンセ館長コラム第22号(令和6年1月)

アバンセ館長コラム 第22号                                                   2024年の抱負(令和6年1月)

   恭賀新年。新しい年になりました。

今年の抱負は何ですか?と訊かれたら、何とこたえましょう。

 「干支の辰年にちなんで、空を駆けあがる登り龍のように、吉祥の年になれば本当に嬉しいです。」

 実は、抱負とは、このような抽象的な答えではないのだそうです。目標を明確にし、その目標に達するまでの具体的な計画を総称して「抱負」というそうです。だとすると、「まずは笑顔と健康維持。頂いた職務を遂行するために、適度の運動と食事と趣味とをバランスよく継続させます。」となりますでしょうか。


ところで、抱負という文字は、負を抱くと書きます。おめでたい一年の初めに、負を抱くとは、どういうことなのかなと気になり、調べてみました。抱負の負は、勝負に負けるという意味で使われているわけではなく、心に抱いた決意と計画を背負っているという意味のようです。負という漢字の意味をみると、様々です。「負傷」は傷を被る、「負担」は、面倒な物事を背負い込むという意味に使われる半面、「自負」は、自分自身をたのみとする、後ろ盾とするというプラスの意味もあります。漢字は奥深いですね。ちなみに、「厭(いと)う」も、飽き飽きしている、疎ましく離れたいという意味と、かばう、労わる、大事にするという意味の両方で使われています。


負の文字や厭という文字にこめられた、正反対の意味。わたしは、そこに、辛い局面に対峙するなかで変容してきた人間の心模様が表れているような気がします。面倒なことを背負い込み続け、そこで状況を変えてきた果てに生まれたのが、自負の感情ではないのだろうか。厭うとは、ある対象への嫌悪感を持った状況(その人にとっての危険や障がい)から離れて、心や体をいたわるという一連の行為までを指すようになったのではないかと。どちらも、逆境に身を置かざるを得なかったけれども、そこでたくましく生き抜いてきた人間の歴史すら感じてしまいます。調子に乗って、想像の翼を広げてしまいました。根拠ある学説ではありませんので、ご容赦ください。


少子高齢化に一層拍車がかかり、人口減がもはや避けられない令和の時代に突入しました。「急激に変化する未来を誰も予測できない時代」かつ「過去の経験値がそのまま通用しない時代」と言われます。世界を震撼させたコロナ禍。紛争の絶えない世界情勢。国内では、人手不足、物価高、年金の行く末等の経済不安も膨れてきています。


令和6年の現実は、こうした「負」や「厭」の局面も否めませんが、日常に残されている、自分自身でコントロールできる世界を、せめて健やかに、前向きに、幸福感をもって生きていくことで、その漠とした虚無感に飲み込まれないようにしたいと念じています。辛さに直面して無気力や苛立ちの日々を送るのか、それでもなおにこやかに穏やかに日々を生きるのか、その人の生き方が、その人の周囲に影響を及ぼします。この一年も、心の持ちようの善き感染が広がればいいなと願います。


館長コラムを今年もよろしくお願いします。

 
 アバンセ館長 田口香津子    プロフィール


 アバンセ館長

   佐賀女子短期大学 学長 (2018.4-2022.3)

 認定NPO法人 被害者支援ネットワーク佐賀VOISS理事長

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