令和7年度生涯学習関係職員研修(地域支援編2)報告

佐賀県立生涯学習センターでは、生涯学習・社会教育関係職員を対象に、必要な知識や実践力を身につける「生涯学習関係職員研修」を行っています。

今年度は「社会教育の風向き ~人と人をつなぐ学びのこれから~」をテーマに、年間で全6回(基礎編、ステップアップ編、地域支援編 各2回)の講座を実施します。その様子をレポートします。

地域支援編2は鹿島市の鹿島新世紀センターで開催しました。(共催:鹿島市教育委員会)

地域支援編2「まちの歩き方 ‐対話がうまれる空間の使い方をやってみる‐」のチラシはこちら  (5977KB; PDFファイル)

まちの歩き方 ‐対話がうまれる空間の使い方をやってみる‐

令和7年11月28日(金)1330分~1630

 

地域支援編では「小さな自治をつくる‐オーガナイザーから実践者へ‐」をテーマに2つの研修を行いました。まちづくりの主体は住民であることを念頭に、地域で小さな実践の場をつくってみると、どんなことが起こっていくのでしょう。鹿島市での2回の研修を通して探ります。

1回目の研修では、「対話を通した空間のつくり方」について学びを深めました。続く今回は、その対話をより豊かに展開するための「ツール」として、「まち歩き」を実践、体験する時間を持ちました。

2回目となる今回は、土木を専門としながら、まち歩きや文化的処方の実践に取り組んでおられる熊本大学大学院先端科学研究部・准教授の田中尚人さんを講師にお迎えしました。当日は、まち歩きをサポートする学生アシスタントとして、髙木太耀さん、後明真有さんにもご参加いただきました。

 


「なんで土木の先生が社会教育を?と思われますよね」そう笑いながら切り出した田中さん。

土木というと、道路や橋、水道といったインフラを思い浮かべがちですが「その先にあるのは、人の暮らしや関係性なんですよね」と語られた言葉が印象に残りました。形をつくるだけでなく、人がどう過ごし、どうつながるか。そこに社会教育との接点が見えてきました。

1部:まちを「自由に」歩いてみよう!

『アイディアキラー』をプチッとつぶす

 講座の中で何度も出てきたのが、「何もないまちはない。どこも何かあるまち」という言葉です。つい私たちは「ここには何もない」と言ってしまいがちです。でも、それは本当に何もないのではなく、見ようとしていないだけなのかもしれません。

そんな言葉とあわせて語られたのが「アイディアキラー」の話です。

「アイディアキラーは表立って壊しには来ないんです。『お金がかかるから厳しい、前にやったから無理』など、実は僕たちの心の中にいるんじゃないですか」という田中さんの言葉に受講者の中にもハッとした表情が見られました。

田中さんは京都で大学生だった頃、阪神淡路大震災を経験しました。当時はテレビもなく、何が起きているのかよく分からないまま時間が過ぎていったそうです。その後、大学院では景観の勉強をしたいと思っていたものの、震災をきっかけに授業の多くが防災関連へと変わっていきました。「不謹慎だけど、当時は災害が自分の勉強したいことを奪ったと感じていたんです」と正直な気持ちを語られました。

「災害で苦しんでいる人のことを、自分ごととして考えられていなかった。他人ごとだったんですよね」と当時を重く振り返ります。その距離感のまま時間が流れ、熊本に来て11年目で、今度は自身が被災する側になりました。「遅いし、甘いけど、ここで向き合わなかったら、本当に逃げているなと思ったんです」。

そのとき、田中さんが向き合ったのが「アイディアキラーをぷちっとつぶす」という選択でした。できない理由を探すのではなく「やってみる側に立つこと。完璧じゃなくていい、正解じゃなくていい。それでも、自分が感じたこと、やりたいと思ったことに向き合う」。その姿勢が、まち歩きや文化的処方といった実践につながっていったのだそうです。

このエピソードを聞いて、アイディアキラーは自分自身が気づき、手放していくものなのだと感じました。やらない理由はいくらでも思いつくけれど、「それでもやる」と決める小さな一歩。その積み重ねが、まちの見え方や、人との関わり方を変えていくのかもしれません。

『余白』としてのあそび

話題は「あそび」にも広がりました。西川正さんの著書『あそびが生まれるとき』を紹介し「タイパやコスパが重視される今の社会では、効率よく消費する側でいることは簡単。ずっとお客さんでいるのは楽だけど、ちょっと寂しいよね。じゃあどうやったらおもしろいことは生まれるのか」と田中さんは問います。

あそびには、楽しく遊ぶあそびと、あえて立ち止まる余白としてのあそびがあるのだそう。その余白を「社会としてどうつくっていくかが大切」だと示されました。

そこからつながるのが『文化的処方』という考え方です。それは、『社会的処方』と同じように、人と人がつながり元気になっていくことを、アートや文化の力で支えていく取り組みです。熊本では、カフェでありながら私設公民館のようにも使われている場所があり、年齢や立場を越えた斜めの関係が自然と生まれているそうです。特別なことをしているわけではなく、「一緒にいると楽しい」「話してみたくなる」。そんな空気が、人を引き寄せているのだと感じました。

いよいよまち歩き!

 いよいよ、鹿島のまちを歩く時間です。テーマはあえて決めず、エリアだけを決めて自由に歩く。「まち歩きに正解はありません。とにかく安全に、一緒に歩く人と対話をして、一緒に歩いて楽しかったなぁと思い合えることが大事。楽しんで!」と田中さんは送り出しました。

   

早速、まちに繰り出します。各グループが自由に気になる場所を目指し、ふと見つけた路地に入ってみたり、地域の人と立ち話をしたりしながら歩くうちに、グループ内や地域の人との対話が自然と生まれていきました。

地域の人から思いがけずお土産をいただいたグループもありました。それぞれが鹿島の温かさにふれた時間となりました。

2部:まちなかの余白を居場所にしてみる

歩いた後は、鹿島のキャッチフレーズを考えるワークです。

田中さんから「いいことを言おうとしなくていいですよ。自分らしく自分の言葉で語る事が大事」と声がかかります。

  

その日通った道や、街並みなど、受講者一人一人の心に残った鹿島の魅力やおもしろさが言葉として浮き上がります。率直に感じたことを出し合う中で、「知らないまちを歩くって、こんなに楽しいんだ」という声も聞かれました。

まち歩きはアート、対話は居場所

最後に、田中さんは「まち歩きはアートだと思っています」と話します。「笑ったり、驚いたり、誰かと気づきを共有したり。心が動くその時間そのものがアート」だと示されました。

何もないと思って歩けば、やっぱり何も見えません。でも、何かあると思って歩けば、不思議と何かが見えてきます。当たり前にあるものを、当たり前じゃない目で見てみる。そして、一緒に歩く人との対話を通して、まちへの愛着や誇りにつながると同時に、その時間が、それぞれの居場所となる可能性も内包されていると感じました。

田中さんは「今日の成果は、楽しかったと思ってもらえたことです」と締めくくられました。この楽しさを、それぞれのまちに持ち帰って、少しずつおすそ分けしていくこと。そんな積み重ねが、地域をゆるやかに、でも確実におもしろくしていくのだと感じる講座でした。

参加者の声 

アンケートより(一部抜粋)

  • 鹿島がはじめての方々と一緒に歩くと、新しい発見が本当にたくさんありました。普段自分の目には映らなかったものが見えるようになると、まちの見え方も変わるなと実感しました。
  • 「まちあるき」おもしろさを共有できることが、こんなにも楽しいんだと気づけました。
  • 土木と社会教育のつながりが興味深い。結局、社会教育が根っこなのが理解できて改めて考えさせられる。一緒に歩く方々との対話も楽しかった。
  • まち歩きは、決められた場所をまわるだけでない方法でやってみようと思いました。
  • 自分のまちで「まち歩き」をしようと思った。人を集めようとしなくても、一緒にしたい人とできたらと思いました。
  • アイディアキラーは自分の心の中にもいるという言葉がその通りだなと思いました。何か行動を起こすとき、できない理由よりできる理由を考えるようにしていますが、アイディアキラーの芽はつぶしていこうと思います。
  • あって当たり前のものを当たり前じゃなく見る力をつけます。

トップへもどる