アバンセ館長コラム第6号(令和4年9月)

6号 ポジティブアクションと男女共同参画と多様性と~私のジレンマ~(令和49月)

 実は、館長コラムを読んでいる人がどれほどいるのだろうか?と思いながら書いてきました。先日、内容に関して問い合わせのお電話が入ったことを聞きました。真剣に読み込み、意見を率直に伝えてくれる人の存在を知り、手ごたえを感じ、嬉しく思いました。

 「DV総合対策センターを抱えるアバンセは、その大きな柱として女性の暴力防止を目指すという館長コラムを読みましたが、暴力の被害者は女性だけではないのでは?」というご指摘です。なるほど、その意見はもっともだと思います。ちょうど、私自身の想いのゆれにも通じる内容です。私のジレンマを伝える良い機会をいただきました。

 

 男女共同参画社会づくりの推進がアバンセの使命の一つです。もちろん、女性の人権だけが重要とは思いません。男性の人権も、障がい者、高齢者、こども、外国人等の人権も女性の人権と同様に尊厳をもって対応すべきものと考えています。ですが、全部まとめて、「すべての人の人権を大事にしよう」となってしまうとどうでしょうか?それが最終的にめざす社会の理想形ではあります。しかし、聞こえはいいのですが、美しい包装紙に包まれて、実際に解決すべき問題の所在が隠れてしまいます。やはり、社会の不公平是正のために、たとえば、「女性の人権」、「子どもの人権」というように、焦点化された表現によって、杭を打ち込まなければ、具体的な施策につながりません。この、アバンセの館長コラムでは、「女性の人権」抜きでは語れないと思っています。

 

セクハラやDV、性被害の相談事案は、現在も圧倒的に女性が被害者です。法律改正や支援体制が以前より進んだとはいえ、職場においても家庭においても力関係で優位な立場に男性が多いという社会構造的な背景が変わらず指摘されています。「女性に対するあらゆる暴力の根絶」は、国の重要施策に上がっています。不公平で格差のある現状を是正するために、不利益を被っている側への積極的な働きかけが必要という動き(ポジティブアクション)は必要不可欠なものと認識しています。ですから、「女性」に焦点を当てた表現がなくなることを危惧します

 

 その一方で、もっと少数派で光の当たりにくい状況に生きる人達が不利益を被っているとしたら、そこを黙認していいのか、多数派の被害者施策だけを推し進めていいのか、という思いも湧いてきます。先日のお電話も、男性のDV被害者、性被害者を忘れていませんかというご指摘だったと思います。前述の「障がい者・・・外国人等」という表現の、「等」のなかに言語化されず押し込められている人たちがいるという認識を持ってほしいという願いだと思います。そこは、私も同感なのです。たとえば、近年では、LGBTQやヤングケアラーという言葉が耳目にあがり、埋もれていた現状を変えるための一本の杭となりました。そのような動きこそ、SDGsの、「誰一人取り残さない」という社会的包摂の理念に通じます。ダイバーシティという言葉が示すように、ひとりひとりの多様性尊重を目指す時代に突入しています。実は、男女共同参画という言葉そのものも、女と男の二分法的な表現にとどまり、少数派を認識していないと受け止められる危うさを感じています。ちなみに、男女共同参画は、英語で gender equality ですので、ジェンダー平等という日本語の表現が近いのです。

 

 長くなりました。ここで要約してみます。女性と男性とのジェンダーの古い枠組みは確かに残っており、解決されないままの社会課題は今もあります。なかったことにはできません。しかし、一方で、多様性や社会的包摂という求められる社会のビジョンは急スピードで広がっており、男女の古い枠組みでカバーできない局面が確かに生まれています。今後も予測困難な動きが生まれてくるでしょう。

すなわち、過去からの未解決の課題残存のまま、未来の危機から逆算された新しい課題が誕生する、その両方が混在するのが現在です。容易に着地点は見つかりません。常に過渡期のようなジレンマ、ゆらぎを持ちながらですが、これからも一層心を込めて館長コラムを書いていきたいと思います。真剣に見てくださる人の存在を知ったのですから。

 
 アバンセ館長 田口香津子    プロフィール


 アバンセ館長

   佐賀女子短期大学 学長 (2018.4-2022.3)

 認定NPO法人 被害者支援ネットワーク佐賀VOISS理事長

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